大阪高等裁判所 昭和44年(う)643号 判決 1975年9月17日
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金一万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
原審および当審における訴訟費用中、原審証人伊部通治に支給した分を除き、その余の全部を被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、大阪高等検察庁検察官検事西川伊之助提出の大阪地方検察庁検察官検事横幕胤行作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人伊達秋雄、同小林勤武、同大錦義昭、同豊川正明、同三上孝孜連名作成の答弁書記載のとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は次のとおり判断する。(以下において日本電信電話公社を公社と、全国電気通信労働組合を組合と、それぞれ略称する。)
控訴趣意第二および第四について
論旨は、要するに、原判決は、本件公訴事実中、北浜電話局庶務課事務室入口前における共同暴行、荻野六生および斉藤勇吉に対する各傷害、右事務室内への建造物侵入の点につき被告人ら組合員約四〇名が、共同して、右事務室入口前でピケットを張つていた二〇名程の管理職員らに対し、体当りするように押し、右組合員の半数程が右事務室になだれ込み、その結果右管理職員のうち荻野および斉藤が傷害を負つた事実を認定しながら、右行為は一応暴力行為等処罰に関する法律違反(共同暴行)、傷害、建造物侵入の各罪の構成要件に該当する外観を呈するとはいえ、その動機、目的たる集団交渉が正当な組合活動であり、法益侵害の程度も軽微で、手段、態様も相当性を逸脱しておらず、その他法益の権衡などからして、いまだ右各罪の構成要件が予定する可罰的違法性がなく、結局犯罪を構成しないとして、いわゆる構成要件該当性阻却説に立つ可罰的違法性の理論によつて右行為につき構成要件該当性を認めず、右各罪につき定めた暴力行為等処罰に関する法律一条、刑法二〇四条、同法一三〇条を適用しなかつたのであるが、右理論は、実定法の解釈適用上いまだ最高裁判所が許容していないものであつて、原判決が右理論によつたことは結局右各法条の解釈適用を誤つたものであり、仮に右理論が実定法の解釈上許容されるとしても、その可罰的違法性の有無についての判断基準として当該行為の法益侵害の軽微性、目的の正当性および手段の相当性などが考慮されるべきであると解されるところ、原判決は、被告人の右行為につき右の基準に関する具体的法律判断を誤まり、その結果右各罪の構成要件が予定する可罰的違法性がないとしたものであつて、結局右各法条の適用を誤つたものであり、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。
そこで、案ずるに、原判決は、被告人ら組合員が管理職員らのピケットに対し一団となつて体当りするように押した行為およびその結果である傷害につき、一応共同暴行罪および傷害罪の各構成要件に該当する外観を呈するとはいえ、その行為の動機、目的、手段、態様、法益の権衡などからして実質的違法性を欠くものと考えるのが相当であるとし(理由第三の一の1)、また組合員が庶務課事務室に入ること自体について公社側に強い拒否の理由があるわけでないこと、組合員が集団交渉を求めることは正当なものであること、および入室そのものによつて公社の業務の著しい停滞をきたすものでもないことなどの事情に照らし、被告人ら組合員が右事務室内に立入つた行為はいまだ可罰的違法性がなく、結局建造物侵入罪にあたらないとし(理由第三の三)、結論として各構成要件が予定する可罰的違法がなく、結局犯罪を構成しないとしている(理由第三の四)のであり、これがいわゆる可罰的違法性の理論を採つたものであることは明らかである。ところで、所論は、原判決の可罰的違法性の理論が構成要件該当性阻却説に立つものであると解したうえ、右理論が許容されないものであると主張するが、原判決が犯罪の成立を否定するにつき、構成要件該当性阻却を認めたのか、あるいは構成要件該当性を肯定したうえ違法性阻却を認めたのか、さらには構成要件該当性の判断をするまでもなく端的に刑罰を科する程度の違法性がないと判断したのか、その判示自体からは必ずしも明確ではない。しかしながら、本件のような労働組合の団体行動にともなう行為などについては、その行為が犯罪構成要件を充足するものであつても、なおその行為に出るに至つた背景的事情、その行為の動機、目的、態様、手段方法(緊急性、補充性、法益の均衡も考慮される。)その他諸般の事情に照らして全法律秩序の精神に反しないものとして許容されるときには、処罰に値する実質的違法性、すなわち可罰的違法性に欠けるものとして犯罪の成立が否定されることがあり得ると解するので、原判決は、構成要件該当性の判断をしているかどうかはともかく、違法性を実質的に判断して犯罪の成否を決しているものであり、その判断方法自体は結論的に是認できるものと考えられるので、原判決が可罰的違法性の理論を採つたことにより法令の解釈適用を誤つたとする所論は採ることができない。
よつて、当裁判所は右のような見地に立つて、記録および原審で取調べた証拠ならびに当審における事実取調べの結果に基づき、本件公訴事実中、庶務課事務室入口前における共同暴行、荻野および斎藤に対する各傷害、右事務室への侵入の点につき共同暴行罪、傷害罪、建造物侵入罪がそれぞれ成立するかどうかを検討することとする。
原判決は、本件公訴事実中、右の点について次のとおりの事実を認定している。すなわち、被告人ら組合員約四〇数名は三列縦隊になつてスクラムを組み、森上副支部長、被告人らが先頭になり、北浜電話局庶務課事務室入口前廊下にゆつくりした駆け足で至り、公社の管理職員ら二〇名程が右入口の二枚扉の一枚を開けたままその扉外側(廊下側)に二列に並んでスクラムを組み、扉の内側(室内側)にも数名がこれを支える形で並び、いわゆるピケットを張つていたのに対し、斜め前からその先頭が接触する格好になつたが、同室前の廊下は幅1.6メートル程の狭いところであつたので、森上副支部長の指示で、組合員らは、廊下をはさんで事務室の入口扉と向い合つて縦列に並んでいる下駄箱の間に入り、管理職員側のピケットを真正面に対し、局長に会わせろなどと口々に叫んだ後、森上副支部長の「かかれ」との指揮により、組合員全体が管理職員側のピケットを体当りするように押し、これに対し管理職員側はピケットを破られまいとしてスクラムを組み、中腰になつてこれを受け、押し合いとなつた。このようにして組合員側の波状的なカが三回程加わつたとき、メリメリと音がして管理職員側背後の庶務課事務室入口の固定して閉じてあつた扉が中央部分から上下二つに折れて内側に倒れ、それと共に右扉の内側にあつた衝立、図書戸棚、食器戸棚が倒れて、そのガラスなどが破損し、書類などが散乱した。右扉が倒れると同時に、押し合つていた管理職員らおよび組合員らの半数程が共にどつと庶務課事務室内になだれ込む結果になつた。右の庶務課事務室入口扉の前の組合員らと管理職員ピケとの押し合いの際に、管理職員側のピケに加わつていた荻野六生が加療約二週間を要する右胸部打撲症の傷害を負い、同入口扉が破壊した際、同様管理職員側ピケに加わつていた斎藤勇吉が扉と壁の部分に右手をはさまれて加療約一週間を要する右上膊部圧挫擦過傷の傷害を負つた。以上の事実である(以上の被告人ら組合員の所為を包括して本件入室行為という)。原判決の右事実の認定は、その挙示する関係証拠に照らし、おおむねこれを肯認することができる。そして、右認定の事実によつて判断すると、被告人ら組合員全体が、スクラムを組みピケを張つている管理職員らに対し、体当りするように押した所為は、成り行き上いささかの押し合いがあつたというものではなく、人の身体に対して積極的、意図的に加えた有形力の行使であり、しかもその程度が、約二〇名程のピケを突破し、入口の扉(それが後記のとおりさほど頑丈なものではないにしても)を破損し、入口内の衝立、図書戸棚、食器戸棚を押し倒す程の勢いでなだれ込んだことに照らして、決して軽微とはいえないものであつて(原判決の、管理職員らがピケを張つて集団交渉を阻止しようとしたことは組合側のある程度の実力行使を予想し、覚悟したうえでのことであろうし、なお言えば、これを認容していたともいえないわけでなく、このような点からみれば、法益侵害の程度は軽微である旨の判断は首肯できない。)、暴行罪(共同暴行罪)の暴行にあたり、またその結果荻野および斎藤に各傷害を負わせた所為は、その各傷害の程度に照らし、いずれも優に傷害罪の傷害にあたるというべきである。さらに、被告人ら組合員の事務室への入室は、その態様に照らして明らかに同室の平穏を害する立入りであつて、建造物侵入罪の侵入にあたるというべきである。
そこで。さらに、被告人ら組合員の本件入室行為が前述の法秩序全体の見地から許容されるものであるかどうか、すなわち可罰的違法性を欠くものであるかどうかにつき判断するに、被告人ら組合員が本件入室行為に出るに至つた背景的事実関係については、原判決がその理由第二の一「本件集団交渉に至る経緯及び背景的事実」の1、2、3および同第二の二「本件集団交渉における被告人らの行動等」の1、2(ただし、2のうち本件入室行為に出るまでの事実)において認定しているところであり、当裁判所としても、原判決の右事実認定は、その挙示する関係証拠に照らし、おおむねこれを肯認することができる。これに加え、当裁判所は、公社および組合共同作成の労働協約類集、<証拠>を総合して、次の事実を認めることができる。すなわち、公社と組合との間においては昭和二七年から「団体交渉方式に関する協定」が存し、これによつて団体交渉の方式として中央交渉(本社と中央本部)、地方交渉(電気通信局と地方本部)、支部交渉(現場管理機関と支部)、職場交渉(現場機関と分会)の四段階のものが定められ、各交渉委員が行い得る団体交渉事項は公共企業体等労働関係法八条に定める事項で、各交渉委員会が設置される公社の各機関の長の権限に属する事項とされていた。その後、昭和三五年ごろから、右協定において、権限外事項および管理運営事項について現場機関における団体交渉が混乱することを防ぐものとする旨の規定が置かれ、これを受けて同年ごろから各団体交渉委員会においては、団体交渉の対象となり得ない権限外事項および管理運営事項についても意見の交換をするといういわゆる「話し合い」が行われていた。ところが、昭和三〇年前後ごろから、組合は団体交渉あるいは話し合いによらないで、集団交渉と称する交渉方式を採つて、賃上げ問題、処分撤回問題、合理化問題などに関する要求をするようになつた。右集団交渉は、団体交渉のようにこれにあたる者についての人的制限はなく、組合側では、主として支部単位で組合員二、三〇名ないし七、八〇名、場合によつては一〇〇名以上が公社側の現場管理機関あるいは現場機関の管理者らに面会し、その時々に生じている右のような問題について組合側の実情を訴え、陳情、要求をし、意見の交換をすることを内容とするものであり、その目的は組合員の声を直接公社の現場管理者に伝え、それが上層部に伝達されることにより公社側に問題解決の態度をとらせるようにすることにある。組合が賃上げ問題につき団体交渉によらずに集団交渉を行うようになつたのは、団体交渉が本来の機能を果していなかつたことに起因する。すなわち、公社は、団体交渉において組合から賃上げ要求を受けても、公共企業体等労働関係法上の制約によつてこれに応ずる実質的な権限、いわゆる当事者能力がないため、毎年ゼロ回答を繰り返すことに終始しており、組合としては、団体交渉以外になんらかの団体行動に出なければ賃上げ要求の目的を到底達成できない状況に置かれていたのであつた。ところで、公社としては、このような集団交渉を制度的なものとして承認していなかつたし、これに応じることに消極的意思であつたが、これを拒否することによつて生じる混乱を避けるため、柔軟な態度で対処し、組合の集団交渉の要求に対しては、一応拒否の態度を示すことはあつても、ほとんどの場合、人数、時間などに条件をつけるなどしてこれに応じていた。このようにして集団交渉は制度的に認知されていたとはいえないにしても、慣行として年間に一度か二度の時期的なものとして行われてきた。ところが、公社の本社は、集団交渉が正規の交渉形態のものでないことおよび集団交渉をめぐつて混乱を生ずるおそれがあることなどの理由から、昭和三七、八年ごろに至り、それまで応じていた集団交渉を一切拒否する方針を採つた。しかし、近畿電気通信局管内の公社側は、従来の経緯から考えて直ちに本社の右方針に従うことは、かえつて混乱を招くとして、なお柔軟な姿勢で組合との集団交渉に応じていたところ、その後さらに本社からの強い指示があつたことと、昭和三九年一二月一七日に近畿電気通信局庁内において集団交渉を要求してきた組合員約六〇〇名がデモをし、ビラ貼りをしたりして混乱した事態が生じるに至つたことから、昭和四〇年の春闘を迎えた時期において、今後は集団交渉に応じないという硬化した態度をとることにした、そして、公社の天満地区管理部では、組合の北大阪支部が昭和四〇年三月二五日、四月一日の両日支部戦術会議を開いて四月一四、一五、一六日の三日間集団交渉を含む組合行動を実施する計画を決定したことに対応して、組合が拠点局とした各局およびその隣接局などに管理職員らを配置して、ピケを張つてでも組合員らの入局を阻止し、かつ、集団交渉を拒否する態勢をとることを決めた。これに基づき、本件当日、北浜電話局においては、同局が当日の拠点局である大阪電話番号案内局と同一構内にあるために、組合員らが行動を起してくることに備え、天満地区管理部管内から派遣された管理職員一八名と同局の管理職員ら数名を配置し、組合員らが集団交渉を要求してきてもこれを拒否して入室を阻止する態勢がとられた。以上の事実である。
そして、右の事実および前記被告人ら組合員が本件入室行為に出るに至つた背景的事実を総合して考察すると、組合の北大阪支部が四月一四日、一五、一六日の三日間に実施しようとした集団交渉は、団体交渉権あるいはこれに準ずるような権利の行使にあたるとまでは認められないが、労働者の団体行動に由来する正当な組合活動であつたと認めることができる。けだし、本来組合の賃上げ要求については団体交渉によつて協議、協定されるべき筋合であるが、公社にいわゆる当事者能力がなく、団体交渉をしても組合の賃上げ要求に対してゼロ回答をするだけで、組合の団体交渉権が名のみでその実質的機能を果たしていない状況下において(なお、組合が公共企業体等労働関係法により同盟罷業を禁止されていることが考慮されなければならない。)、組合が従来から行い、すでに慣行化していた集団交渉によつて、その賃上げ要求の目的を達成しようとしたことは、必要にしてやむを得ざる行動であるというべきであり、その手段、方法が相当である限りにおいては、これを是認すべきものと考えられるからである。そうすると、被告人ら組合員が、当時の右組合活動の一環として、本件当日、北浜電話局局長との集団交渉(以下、本件集団交渉という。)を求めようとしたその目的自体は正当であつたと認めることができる。この点についての原判決の判断は結局正当であり、これを非難する検察官の所論は失当である。
次に、被告人ら組合員の本件入室行為の手段方法の相当性について審究する。まず、被告人ら組合員の本件集団交渉要求に対処した公社側の態度について考えてみるに、すでに判断したように、組合側の集団交渉の要求は、団体交渉権のような権利の行使とまでは認められないものであるから、公社側としては、団体交渉応諾義務のようなこれに応ずべき法的義務まで負うものではないと解さなければならない。しかしながら、公社側が従来集団交渉に応じていたのが、組合側との混乱を避けるためやむを得ないという消極的見地からであつたかどうかはともかくとして、集団交渉がすでに事実上慣行化して行われていたこと、および公共企業体等労働関係法上の制約によるとはいえ、公社自らが賃金問題について当事者能力を欠き団体交渉において組合側の要求に応対できないという状況下にあつたことなどにかんがみると、組合側の集団交渉の要求に対しては、これを理解する立場に立つて対処し、必要ならばその交渉を持つにあたつての相当な条件を整えることにも努力したうえで、これに応じるのが妥当な措置であると考えられ、昭和四〇年の春闘の時期において集団交渉を一切拒否するという硬化した態度は、ただでさえ同盟罷業権がないうえ団体交渉によつてはその目的達成をなし得ないでいる組合側の賃上げ要求に関する行動を封ずるものであつて、妥当を欠くものというべきである。したがつて、本件当日、公社側が北浜電話局において組合側の集団交渉拒否の態勢をとつたこと、特に管理職員を配置してピケットを張つてでもこれを拒否する態度に出たことは、妥当を欠く措置であつたとみなければならない。しかし、前記のとおり組合の集団交渉要求が権利の行使とまで認められないことに照らすと、公社側がこれを拒否することが、たとえ妥当でないとしても、違法であるとまではいえないのである。そうして、組合の本件集団交渉を求めようとしたことがその目的において正当であり、公社側がこれを拒否し、ピケを張つて入室を阻止しようとしたことが妥当でなかつたとはいえ、組合側としても公社側により権利が不法に侵害されたとまでは認められないのであるから、本件集団交渉を要求する手段、方法にも自ら限度があり、本件集団交渉の申し入れをしたうえ、公社側にこれに応じるよう説得、要求し、その折衝に努力すべきであつて、それを越えて、本件入室行為のように集団で管理職員らのピケに対して実力行使に出ることはよほどの緊急性があり、かつ、やむを得ざる事情が存する場合でなければ許容されないと考えるのが相当である。しかるところ、被告人ら組合員が本件集団交渉を要求して本件入室行為に出た直後の動機、原因についてみるに、組合の北大阪支部が戦術会議において決定していた本件当日の行動計画の拠点は大阪電話番号案内局であつて、北浜電話局はその対象になつていなかつたところ、被告人ら組合員は、当日の午前中に大阪電話番号案内局において集団交渉を求め、管理職員らに阻止されたものの強い抵抗を受けずに同局局長との集団交渉を終え、午後一時ごろに責任者の森上副支部長の提案により急拠同一構内にある北浜電話局へ本件集団交渉に行くことを決定したことに照らすと、被告人ら組合員が本件当日北浜電話局へ本件集団交渉を求める行動に出たことは、当初の計画外のことであり、あえて管理職員らのピケを実力行使によつて突破してでも集団交渉をしなければならないことに基づくものとは考えられない。そして、原審第八回公判調書中の証人山本正の供述部分、原審第九回公判調書中の証人斎藤勇吉の供述部分および原審第一一回公判調書中の証人三宅弘の供述部分を総合すると、森上副支部長は当日正午すぎごろ北浜電話局庶務課事務室付近に赴き、管理職員らが配置されているのを見て同人らに対し、同人らが折角動員されて来ているのなら午後押し掛けて来てやる旨挑戦的な言葉を告げていることが認められ、この事実もあわせ考えると、森上副支部長が提案して組合員らが本件集団交渉を求める行動に出たことには、同局に管理職員が配置されていることに対抗し、これに抗議をしようとしたことがうかがわれ、そこには緊急性、補充性の事情をなんら認めることができない。してみると、被告人ら組合員が本件集団交渉を求めるためとはいえ、管理職員らがピケを張つているのに対し、あえて本件入室行為に出たことは、その手段、方法において相当性を逸脱したものであるといわざるを得ない。原判決は、本件前日、旭電話局において管理職員のピケに対し組合員側がこれを押す行動をとり、その結果玄関のガラス一枚割れるに至つても、その押す行為自体は何ら問題とはなつておらず、そのような行動の結果組合役員が局長に会うことができたこと、および本件当日午前中、大阪電話番号案内局では組合員らが押す構えを示すことによつて管理職員が配置されながら大した抵抗もうけずに集団交渉をなした得たことを本件入室行為の手段、態様の相当性が逸脱したものと認め難い事情として斟酌しているが、なぜ右のような事情がそのように斟酌されることになるのか当裁判所としては首肯し難いところである。原判決が本件入室行為がその手段、態様において相当性を逸脱していないと判断したことは是認できない。この点に関する検察官の所論は結論において正当である。
以上の諸事情を総合して考察するに、被告人ら組合員の本件入室行為は、これに至るまでの背景的事情、目的の正当性、公社側の態度の不当性などを考慮しても、その行為の態様、手段方法に照らすと、法秩序全体の精神からみて許容されるものとはいい難く、したがつて、共同暴行罪、傷害罪、および建造物侵入罪の成立を否定する程に可罰的違法性を欠くものとは認められない。
よつて、原判決が、本件入室行為につき可罰的違法性がないとして共同暴行罪、傷害罪、建造物侵入罪の成立を否定したことは、法令の適用を誤つたものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。
控訴趣意第五について
論旨は、原判決は、本件公訴事実中、庶務課事務室入口扉(以下、本件扉という。)の損壊につき、被告人ら組合員に確定的故意はもちろん、未必の故意も認められないから、建造物損壊罪は成立しないと判断したが、被告人は本件扉の損壊を少なくとも未必的には認容していたものであつて、原判決には事実誤認がある、というのである。
そこで、所論にかんがみ記録および原審で取調べた証拠を検討してみるに、関係証拠によれば、本件扉は庶務課事務室入口の両開き二枚扉の中の一枚であり、本件当時他方の扉が開かれていたのに対し、本件扉は閉じられたうえ、開かないよう固定されていたこと、本件扉は縦約2.11メートル、横約0.88メートルで、下半分はベニヤ板、上半分はガラスがはめ込まれ、その左右の縦枠は幅約一〇センチメートル、厚さ約3.5センチメートルあり、外側はベニヤ板が張られているため頑丈な枠のように見えるが、左右枠ともその中味はいずれも上下の中央部で継ぎ足されているものであつて、この部分に物理的な力が加えられれば、外見上以上にもろく上下二つに折れ易いものであつたこと、そして本件扉は被告人ら組合員の管理職員らのピケを体当りするように押した行為によつてその上下の中央部分で二つに折れて損壊したことが認められ、右事実によると、所論のように本件扉が外見上からそれ程頑丈でないことが明らかで、かつ、多数の者が押せば損壊するであろうということは十分予見し得た、とまでは考えられないところ、被告人ら組合員が管理職員らのピケを押す行為により本件扉を損壊するかも知れないことを知り、しかもそれを認容していたと認めるに足りる証拠はない。所論は、被告人は第二五回公判において、庶務課事務室入口前の所為につき、何故押したのかという検察官の質問に対し「話し合う機会を作るために押しているわけです。」と答え、押せば何故話し合いの機会が作れるのかという質問に対し「そういうことをすれば、結局けが人が出たり器物がつぶれたりする。そしたらここで、なんとか全部で会えるかどうかは別にして代表に会うとか……」と供述していることをもつて被告人に本件扉の損壊の認識、認容があつた旨主張するが、右被告人の供述は、起りうる危険な事柄を抽象的観念的に述べたものにすぎず、本件扉の損壊についての具体的認識、認容を述べたものではないから、これをもつて直ちに被告人に本件扉の損壊についての認識、認容があつたと認めることはできない。したがつて、原判決が被告人ら組合員に本件扉を損壊する故意が認められないとして、建造物損壊罪の成立を否定したことは正当であり、事実誤認はない。論旨は理由がない。
控訴趣意第六について
論旨は、原判決は、本件公訴事実中、衝立、図書戸棚、食品戸棚(以下、本件衝立などという。)が破損した事実を認定しながら、被告人ら組合員に故意が認められないとしたが、右故意を認定しなかつたことは、事実を誤認したものである、というのである。
そこで所論にかんがみ記録および原審で取調べた証拠を検討してみるに、関係証拠によれば、本件衝立などは事務室入口内にあつたところ、被告人ら組合員が管理職員らのピケを押し、本件扉を破損してなだれ込んだ際、その勢いでこれらを倒して損壊したことが認められるが、被告人ら組合員が右押す行為に出る際に、本件衝立などが事務室入口付近にあつたことを認識していたこと、およびその押す行為により本件衝立などを損壊するかも知れないことを予見し、これを認容していたことを認めるに足りる証拠は存しない。所論は、約四〇名もの組合員が管理職員らのピケを突破し、一気に室内になだれ込んでいくというからには、それが具体的に何であるかは別として、室内の什器、備品のようなものを損壊するかも知れないことは十分に予見し得たであろうし、また右のような荒々しい行為は当然これを認容していたものといわなければならないと主張するが、すでに判断したように被告人ら組合員に本件扉を損壊する故意が認められないことに照らしても、右主張は独断にすぎる推論であるというべきである。したがつて、原判決が被告人ら組合員に本件衝立などを損壊する故意が認められないとし、共同器物損壊罪の成立を否定したことは正当であり、事実誤認はない。論旨は理由がない。
控訴趣意第三について
論旨は、要するに、原判決は、本件公訴事実中、局長室前の共同暴行、村田および尾崎に対する各傷害の点につき、局長室前における組合員らの行為は、庶務課事務室内に立ち入つた者が、本件扉、本件衝立などの倒壊によつて一時ぼう然となり、やがて騒然となつたとき、それまでの組合員らの集団的な行動とは別個に、当該個々の組合員の意思に基づいて行われたと認めざるを得ないものであり、被告人がその行為に関与していると認められないから、共謀による共同暴行、村田および尾崎に対する各傷害の罪を被告人に帰することはできないとしたが、局長室前の共同暴行および傷害は、庶務課事務室入口前の共同暴行の直後これに引き続いて行われた前後一体としての集団犯罪であり、共謀に基づく共同意思の遂行であるのに、原判決がこれを認めなかつたことは、事実を誤認したものであり、しかも被告人が右犯行に加功したことを認定しなかつたのは、審理不尽に基づき事実を誤認したものである、というのである。
そこで、所論にかんがみ記録および原審で取調べた証拠を検討してみるに、原判決が、本件公訴事実中、庶務課事務室内の局長室入口前における共同暴行および傷害の点につき、「事務室内に入つた管理者職員、組合員は、事の意外に一時呆然と立ちつくす状態にあつたが、やがて右の結果は相手方の責任に帰すべきであるなどの非難の声、やめろやめろなどの制止の声などがどつと起り、しかも狭い庶務課事務室内の入口から局長室に通ずる扉までの一隅に多人数の管理者職員および組合員が立ち入つてのことなので非常に喧噪をきわめた興奮状態となつた。そしてその騒々しい中で、森上副支部長は一段高い所に立ち公社側の非を鳴らし、また組合員の中の数名が局長室前に後退した形で集つた管理者職員の数名と再び押し合いになり、あるいは管理者職員を引き抜いたりした。」「局長室前の一部組合員と一部管理者職員との押し合いなどの際に、管理者職員の村田清春が加療約一週間を要する左側胸部打撲症の傷害を、同尾崎登が加療約一〇日間を要する左側胸部打撲症の傷害を負つた。」との事実を認定したことは、その挙示の証拠に照らして、ほぼこれを肯認することができる。しかるところ、所論は、本件において被告人ら組合員が企図したのは局長に対する集団交渉であり、したがつて、その行為に出るについての共謀の内容は、単に庶務課事務室入口前の管理職員らのピケに体当りして同室内に侵入するというにとどまらず、局長室への入室を阻止する管理職員らの一切のピケをも同様の方法で突破し、局長との集団交渉を実現するということにあつたから、局長室前の組合員らの行為も右共謀に基づくものである旨主張する。しかし、この点については、原判決の認定、判断を正当として是認できる。すなわち、まず、組合員らの事務室入口前における行為と事務室内の局長室入口前における行為の各態様についてみると、事務室入口前における押す行為は、組合員ら約四〇名がスクラムを組み一体となつて管理職員らのピケの集団に対してなした、いわば一個の集団的な有形力を行使したものであるのに対し、局長室入口前における組合員ら約二〇名の行為は、関係証拠によると、右のような組合員らが一団となつて有形力を行使したものであつたとは認められず(管理職員らが一二、三名程で局長室入口前で一体となつてピケを張つたことは認められる。)、むしろ組合員らが個々的に管理職員らに対し、押す、あるいは引つ張るなどしたものであることが窺われる。そして、組合員らが事務室入口前で押す行為に出た目的は、所論のいうように局長に集団交渉を求めようとしたことにあつたのではあるが、その際事務室内に入つたうえ、なお続けて局長に面会するまで実力行使をするという共同意思があつたとまで認めるに足りる証拠はない。しかも、事務室入口前で押す行為をした約四〇名の組合員のうち、事務室内になだれ込んだのはその半数程であり、そのなだれ込んだ際、本件扉、本件衝立などが破損したことの意外に一時ぼう然と立ちつくす状態にあつて、その行動に中断があつたことはすでに認定されたとおりである。これら事情を総合すると、所論指摘のように森上副支部長が事務室内において組合員らをあおり立てる言動を取つたことが証拠上認められるにしても、局長室入口前における組合員らの行為は、事務室入口前における行為とは別個のものであり、かつ、個々の組合員の行為であつて、共同意思に基づくものではないと認めるべきである。
次に、関係証拠を検討すると、原判決の、被告人が局長室入口前での押し合いに加わつていたことを認められないとした判断は、これを是認することができるところ、所論は、原裁判所がこの点に関する検察官の証拠請求を却下したことは審理不尽である旨主張する。記録によれば、検察官は、本件被告事件につき当初証人三一名を請求し、そのうち一一名の取調べが終つた後、立証事項が単に犯行の模様とされていたその余の証人について証拠調決定が留保されたまま、検察官の異議申立もなく、弁護人側の立証に移り、それがほぼ終る段階で、検察官は右留保中の証人のうち七名につき昭和四三年九月二日付証人尋問請求書で重ねて尋問の請求をし、被告人の特定個人に対する暴行の事実などをも立証事項としたところ、原裁判所は昭和四四年一月一六日の公判期日において検察官の尋問請求にかかる留保中の証人全員につき却下決定をしたこと、および本件公訴事実として記載された訴因は、局長室入口前における共同暴行につき、その被害者を村田、尾崎、大沢ら一三名とするだけで、その一三名を個々に特定せず、事務室入口前の共同暴行とあわせて包括一罪として構成されているものであり、原裁判所もこの訴因を肯認したうえ、審理し、右訴因はその後も変更されなかつたことが明らかであつて、このような審理の経過および訴因との関係などに照らすと、原裁判所が検察官の証人尋問請求の一部を却下したことをあえて審理不尽とまでいうことはできないと考える。論旨は理由がない。
よつて刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により更に判決する。
(罪となるべき事実)
被告人は日本電信電話公社(以下、公社と略称する。)の職員であり、公社職員をもつて組織する全国電気通信労働組合(以下、組合と略称する。)近畿地方本部北大阪支部執行委員であるが、昭和四〇年春闘として組合が公社に対する賃金引上げ要求を有利に導くために実施した行動の一環として、昭和四〇年四月一五日同支部副委員長森上勇ら約四〇数名の組合員らとともに、大阪市東区平野町二丁目二三番地ないし二九番地所在の北浜電話局に赴き、同局局長細見正男に対しいわゆる集団交渉をしようとしたところ、同局側がこれを拒否する態度に出たので、同日午後一時ごろ、右組合員らと共謀のうえ、ともに同局庶務課事務室前廊下に押し掛け、同人らと共同して、被告人ら組合員の同室への入室を阻止するため同室入口でスクラムを組みピケットを張つていた荻野六生、斎藤勇吉、北野義信ら約二〇名の管理職員らと対峙し、森上副支部長の「かかれ」との指揮により組合員ら全体で右管理職員らのピケットに対し、三回にわたり波状的に体当りするように押して暴行を加えながら、右組合員らのうち約二〇名とともに同室内になだれ込んで故なく前記細見正男の看守する建造物に侵入し、右暴行により右荻野六生に対し加療約二週間を要する左胸部打撲症を、右斎藤勇吉に対し加療約五日間を要する右上膊部圧挫擦過傷の各傷害を負わせたものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人の判示所為のうち、約二〇名の管理職員らに対する共同暴行の点は、その加害および被害の各態様に照らし包括して暴力行為等処罰に関する法律一条、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項二号(刑法六条、一〇条による。)に、建造物侵入の点は、刑法六〇条、一三〇条、右改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条による。)に、荻野六生および斎藤勇吉に対する各傷害の点は、いずれも刑法六〇条、二〇四条、右改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条による。)に各該当するが、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の最も重い荻野六生に対する傷害罪の刑で処断することとし、本件犯行の動機、目的、態様、背景的事情その他諸般の情状に照らし、所定刑中罰金刑を選択し、その所定の金額の範囲内で被告人を罰金一万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、原審および当審における訴訟費用のうち原審証人伊部通治に支給した分を除き、その余の全部を刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させることとする。
(一部無罪の理由)
本件公訴事実中、建造物損壊、共同器物損壊、北浜電話局庶務課事務室と同局局長室とを通ずる出入口前における共同暴行、村田清春および尾崎登に対する各傷害の点については、いずれも前述のとおり犯罪の証明がないが、右建造物損壊および共同器物損壊は判示の共同暴行と観念的競合の関係にあるものとして、右共同暴行は判示の共同暴行と包括一罪として、右各傷害は右共同暴行と観念的競合の関係にあるものとして、それぞれ起訴されたものと認められるから、主文において無罪の言渡をしない。
よつて、主文のとおり判決する。
(戸田勝 萩原壽雄 野間洋之助)